どう味わっても、蕎麦とかうどんとかの麺つゆの味しかしない。少し甘めな麺つゆです。ラーメンのスープじゃないです。これじゃラーメンじゃないです。麺の太さなんて忘れちゃうくらい、ラーメンじゃないです。正直、これほど酷いラーメン?は初めてでした。
すべての有機体生命は 秩序を増加させるように機能している。 すべての放射性物質は その秩序を崩壊させるように機能している。 この事実を否定する すべての個人と企業と国家は 太陽系では生存できないだろう。 これは もっとも単純で 信頼できる 科学的知識に基づいた 国家に対するイマジネーション(imagination=image nation)である。
9 months ago • 0 notes「真理がどんなに残酷なものかをわれわれはよく知っている。そのため、むしろ、幻想の方が真理よりも、もっと心の安まる、もっとわれわれを力づけてくれるものなのではないか、とつい疑ぐるようなことになってしまう。というのは、われわれに信頼感を与えてくれるのは、この幻想にほかならないからなのである。そうはいっても、いったんこの幻想が消え去ったとき、人はなお希望を失わず、引き続き行動する元気をもちこたえていられるだろうか」、というものです。 人間が陥りがちなこうした弱さに、自らも陥らず、そして人をも陥らせない役割が、科学に携わる者には求められています。科学は精神安定剤ではないのです。人々の期待に力の限り応えながら、同時に期待の圧力に屈しない知的廉直が、科学には求められます。科学の世界に生きる者に求められているのは、科学の領分の拡大に全力を尽くすことは当然として、今の科学で出来ることと出来ないこととの区分を明確に示すとともに、その限界を乗り越えるために苦闘している姿を率直に見せることです。 魔術を克服すべく生まれた科学が、再び新たな魔術を生み出すのではなく、科学の本領を突きつめていくことで、科学の社会的な活用のために、一定の社会的取引を行わざるを得ない場面であっても、最大限に合理的な判断の基盤を提供するという、重要な役割が、この時期だからこそ改めて思い起こされてよいように思います。そこからこそ、未来へのたしかな希望が生まれます。科学に携わる者としての誇りを忘れずに、皆さんがこれから健闘なさることを祈って、式辞を終えることといたします。
9 months ago • 1 note経済学は様々な問題を対象としますが、私がその中でも関心を持っておりますのが、どうしてある国や地域は豊かである一方、貧しい国や地域があるのか、また、個人のレヴェルにおきましても、同じように努力しながら、何故より豊かになっていく人が居る一方、そうでない人も居るのかといった、広い意味での「経済成長」の問題に関心がございます。
経済成長と言いますと、GDP といったような金銭的指標を思い浮かべられるかも知れませんが、今日出来なかったことを、明日は出来るようになる。今日出来たことも、明日はもっと早く出来るようになる。他人に教えてあげる。他人から教えてもらう。そして、我々の世代が分からなかったことを、次の世代は分かるようになってほしい。我々の世代が出来なかったことを、次の世代は出来るようになってほしい。このような、日々の学習や進歩。それこそが「経済成長」の源泉と考えております。
安達貴教さんの経済成長についての小学生でもわかるような説明。わかりやすい。
「昨日の自分より今日の自分のほうができる」というエートスがある集団は、それが唯一の条件ではないけれど、経済成長をするための大きな要因になると思うよね。問題は世界一高齢化のスピードが早い日本では、そのエートスが減退しているように見えることだ。経済学者の方々が、「日本は今は需要側より供給側の能力を高めなければならない」と主張しているのも、個人レベルに落としこむと「今日出来なかったことを、明日は出来るようになる。今日出来たことも、明日はもっと早く出来るようになる」という事なんだと思う。
(via kashino)
(via kashino)
9 months ago • 55 notes