「真理がどんなに残酷なものかをわれわれはよく知っている。そのため、むしろ、幻想の方が真理よりも、もっと心の安まる、もっとわれわれを力づけてくれるものなのではないか、とつい疑ぐるようなことになってしまう。というのは、われわれに信頼感を与えてくれるのは、この幻想にほかならないからなのである。そうはいっても、いったんこの幻想が消え去ったとき、人はなお希望を失わず、引き続き行動する元気をもちこたえていられるだろうか」、というものです。 人間が陥りがちなこうした弱さに、自らも陥らず、そして人をも陥らせない役割が、科学に携わる者には求められています。科学は精神安定剤ではないのです。人々の期待に力の限り応えながら、同時に期待の圧力に屈しない知的廉直が、科学には求められます。科学の世界に生きる者に求められているのは、科学の領分の拡大に全力を尽くすことは当然として、今の科学で出来ることと出来ないこととの区分を明確に示すとともに、その限界を乗り越えるために苦闘している姿を率直に見せることです。 魔術を克服すべく生まれた科学が、再び新たな魔術を生み出すのではなく、科学の本領を突きつめていくことで、科学の社会的な活用のために、一定の社会的取引を行わざるを得ない場面であっても、最大限に合理的な判断の基盤を提供するという、重要な役割が、この時期だからこそ改めて思い起こされてよいように思います。そこからこそ、未来へのたしかな希望が生まれます。科学に携わる者としての誇りを忘れずに、皆さんがこれから健闘なさることを祈って、式辞を終えることといたします。
1 year ago • 1 note
April 13, 2011
[東京大学[総長室から]式辞・告辞集]